明日から出かけます♪
大型連休も終わり、平常に戻りました。世の中が静かになったので、出動開始です。行く先はアメリカです。羽田からロサンゼルスに飛び、国立公園巡りをしてきます。
以前から行きたかったセドナでパワーをもらい、ラスベガスで勝負をかけたいです。無事帰国しましたら、アメリカ編を書きたいと思っています。
元気で楽しい旅になるよう祈って出かけます!!
大型連休も終わり、平常に戻りました。世の中が静かになったので、出動開始です。行く先はアメリカです。羽田からロサンゼルスに飛び、国立公園巡りをしてきます。
以前から行きたかったセドナでパワーをもらい、ラスベガスで勝負をかけたいです。無事帰国しましたら、アメリカ編を書きたいと思っています。
元気で楽しい旅になるよう祈って出かけます!!
満開の桜の花に冷たい北風が吹きつけています。ここ数日荒れ模様のお天気が続いています。今日も青空は見えるのですが、気温も低く、お隣の岐阜県などでは雪がチラついているようです。「いつまでも寒いですね~」が挨拶になっています。先週訪れた近場の1泊旅行を紹介します。
2012年3月31日(土)、時々雨が降るお天気の中、午後から鳥羽市相差町へ行ってきました。温泉とグルメを楽しむだけの旅ですが、豊かな海の幸を紹介します。
14:00 東名阪亀山のサービスエリアで休憩です。いつも通るところですが入るのは初めてでした。
東名阪から伊勢自動車を快適に走り、一般道を走って鳥羽まで来ました。志摩半島に位置する鳥羽市は面積108,03㎢、人口は21,453人(平成22年国調)です。昭和29年11月1日に鳥羽町を中心に、加茂村・長岡村・鏡浦村・桃取村・答志村・菅島村・神島村の一町七村が合併し、三重県下で11番目になる鳥羽市が誕生しました。現在では32の町があります。志摩半島は、三重県の中東部に位置する半島で、北側を伊勢湾、東側を遠州灘、南部は熊野灘に面しています。度会郡・伊勢市・鳥羽市・志摩市を含み、大部分が伊勢志摩国立公園に指定されています。今回の目的地は「海女と猟師の町」といわれている相差(おうさつ)町です。
15:20 相差町の旅館に到着です。猟師町らしい細い道をくねくね走って辿り着きました。途中には相差漁港がありました。チェックインは15:00からですが、誰も出てきません。旅館というよりは、民宿感覚のようで、すべてがおおらかな感じです。


ロビーはまあまあ小奇麗です。ロビーに並べられたこの浴衣は、1500円でレンタルできます。今のご時世、3000円も出せば浴衣に帯、下駄、巾着袋などのワンセットが買えますからこの値段は高いと思いました。翌日も同じものが並んでいましたから借りた人はいないようです。
3階の部屋へ案内されましたが、エレベーターが無く、急な階段を上がりました。このエレベーターが無い・・・ということで、この旅館の評価はかなり下がりました。
前に建つ旅館が視界を遮っているので完全オーシャンビューとはいかないですが、穏やかな伊勢の海を見ることができます。部屋には天然温泉の露天風呂が付いています。かなり大きなバスタブで、お風呂に入りながら海を見ることもできます。この旅館を選んだのは、伊勢志摩の豪華な海の幸のお料理と部屋付き露天風呂があるといことで決めました。

6::00過ぎからお料理を並べ始めましたが、全部は一度に並べきれませんでした。次から次に運ばれてくるので、食べる方も忙しいです。舟盛は平目の姿造りにアワビ、イカ、鯛、アワビの肝煮です。伊勢海老は、ピクピク動くお刺身・具足煮・一匹丸ごとの塩焼き・テルミドール風の4点。的矢牡蠣、帆立のバタ焼き、春菊の天ぷらの下には海老が隠れています。アワビのステーキ、御飯は相差で取れる雲丹の釜飯です。これぞといわぬばかりの伊勢海老とアワビ攻撃でした。当分・・アワビと伊勢海老は食べたくないくらい堪能しました。さすが、海女と漁師の町相差ならではのお料理です。京会席のように見た目の美しさはありませんが、素材の良さで充分勝負できる漁師料理にピッタリのお酒は、伊勢の純米地酒を冷酒でいただきました。
海の幸尽くしと冷酒で幸福感いっぱいです。食事の後は温泉です。大浴場や貸切家族風呂もあるようですが、部屋にある露天風呂に入りました。天然温泉というだけあって、ヌメヌメのお湯です。お肌ツルツルになりそうなので、星空を眺めながらゆったりバスタイムです。湯船から眺める星は一際大きく見えました。
2012年4月1日(日) 5:20 前夜、旅館の従業員から絶景の日の出ポイントの部屋だといわれたので早起きをしました。雲が垂れ込めていて、薄っすらピンク色の空しか見ることができません。

海面から太陽が昇る瞬間は見ることができませんでした。5:40、5:52、5:54の太陽です。朝食は部屋食ではなく、1階の大広間で8:00からです。
夕食ほどの豪華さも、ボリュームもない朝食です。伊勢海老の味噌汁が付いていたのがささやかな慰めです。味りん干やアラメなど、すべてに甘く濃い味付けになっていました。
海の幸を満喫するだけではなく、かねてから行ってみたい所があって相差を選びました。近年パワースポットとして有名になっている「石神さん」です。漁師町らしい細い道を走ると駐車場です。
9:30 係員の誘導に従って車を止めたのは、「海女文化資料館」の駐車場です。敷地内にある「昇龍の松」です。幹囲3mもある黒松の大木で、その樹の形が天に昇る龍の姿に似ていることから昇龍の松(開運の松)といわれています。その枝に手を当てて願い事をすると叶うといわれています。
駐車場から細い坂道を歩きます。新ワカメやヒジキ、イカの一夜干し、焼き牡蠣などを売る店が所々あります。こんなに芽が出たタマネギはどうするんでしょうね・・・?
9:40 神明神社の鳥居に到着です。創立年代不詳で、周りの神社を合祀して明治42年に神明神社となりました。現在は、26柱の神々が祀られています。その中の一つが石神さんです。ご祭神は、神武天皇の母であり綿津見神の娘である玉依姫命(たまよりひめのみこと)です。その昔、正月のある晩に島田髷に結った女神が、石神さんの元に現われたいう言い伝えを信じた相差の海女達が古くから信仰し、海に潜る際の安全と大漁を祈願してきました。そのことから、「女性の願いなら、必ず一つだけは叶えてくれる」といわれるようになりました。
昔、この地方には「共潜(ともかずき)」とい妖怪がいたそうです。海女さんが海に潜っているといつの間にか自分にそっくりな海女が近づいてきて、アワビなどをくれたりしますが、うっかりついていくと深みに誘われ溺れてしまいます。妖怪「共潜」の魔除けとして、セーマン・ドーマンを手拭・磯ノミやメガネ・上着などに貝紫で書いたり、縫いこんで持っていったそうです。星型のセーマンは、一筆書きで必ず同じ場所に戻ってくることから潜水しても必ず浮上できるということのようです。ドーマンは、出入り口がわかりにくいから悪魔が入りにくく、その間に共潜から逃げられると信じられています。五芒星のセーマンは、平安期の陰陽師・安部清明、格子模様のドーマンは清明のライバル芦屋道満からとったといわれています。セーマン・ドーマンが描かれたお守りが800円で売られています。このお守りは、野口みずきさんがアテネオリンピックに持っていったそうです。石神さんの境内には、願い事を書く紙が置かれています。名前とお願い事を書いてお参りします。御朱印もあり、200円と安かったです。お賽銭を多めにして、しっかりとお願いをしました。
神明神社の中にある「長寿の館」です。神木は楠木の枯木で、長さ約6、7m・周り約14、7m・径3、6mで8畳敷きの大きさであったと「諸国誌草稿」に記されています。1180年石橋山の戦いで敗れた源氏の主従七騎が朽木の洞穴に身置いたとされるものより大きいと言い伝えられています。郷人の長寿の守りとなるよう末永く保存しようと「長寿の館」と名付けた覆屋社です。楠木を優しく撫でると長生きできるようで、所々ピカピカになっています。
「海女文化資料館」の見学です。名前は立派ですが、狭い展示場に海女さんの生活が紹介されています。入場料は無料です。相差は、鳥羽志摩地域で海女の数が一番多いところです。潜水の仕方や道具類などが展示されています。現在の海女さんは、お洒落なウエットスーツで潜るようです。現役海女さんの話を聞きながら、食事やおやつを食べる「海女小屋体験」などの海女文化に触れるツアーもあるようです。
海産物の土産物屋に立ち寄りました。伊勢海老をはじめ相差近郊でとれる魚介類が売られています。15cm以上はある大きな牡蠣が、生食用で1個100円です。桃取・・・という所の牡蠣だとお店のお兄さんが言っていました。前夜あれほど海の幸を食べたというのに・・・・買ってしまいました。蒸し牡蠣にしてレモンで食べましたが、中身たっぷりで最高のお味でした。牡蠣が海のミルクといわれるのに納得です。いつも年末に浦村の牡蠣を送っていただくのですが、この次期の牡蠣は4,5倍の大きさです。これから伊勢志摩方面へ牡蠣を食べにくるのなら3月にすべきだと強く思いました。
この後、伊勢神宮を参拝して、おかげ横丁をぶらつく予定でしたが、時折の雨と強風で諦め帰宅しました。
食事と石神さん参拝が目的だったので、短い旅でしたが十分に楽しむことが出来ました。
3月も後一日となりました。季節外れの雪が舞ったりして、不安定な気候が続いていましたが今日は春らしい暖かな日でした。明日は雨のようで、日曜日にはまた寒さが戻ってくるとか・・・。
先日近くのJAの直売所に行ったらツクシが売っていました。その翌日、デパ地下の野菜売り場で生のワラビがありました。共にそのまま食べられる物ではありません。ツクシは、指先を黒くしながら袴を取って、重曹入りの熱湯に一晩入れてアク抜きです。ワラビも同じようにアク抜きです。
薄味でさっと煮たツクシです。少しばかりのほろ苦さが口に広がり美味しいです。いつもツクシを食べると、春が来た・・・・と思います。子どもの頃は、袋を持ってツクシ取りに行ったものですが、今では安全上の問題もあって野生のツクシ取りは無理なようです。デパートなどでもツクシが売られていますが、専用の畑で育てているようです。
鹿児島産のワラビです。色々な食べ方があるでしょうが、私の一番好きな食べ方は、アク抜きしたワラビを熱湯で茹でて、適当に切ります。その上に極上のオカカをふりかけ、醤油をかけていただきます。ワラビ独特の食感がたまらなく美味で、辛口の日本酒とピッタリです。
「春っていいなあ~~」・・・と一人つぶやいて食べています。
一年中殆んどの野菜が食べられるようになりましたが、生のツクシやワラビは春しか食べられないので少し高くても買ってしまいます。初鰹を食べるために女房を質に入れた江戸時代の男性の気持ちが少しわかるような・・・。。
海南島で一緒だった、福岡在住のIさんから明太子を送っていただきました。いつも不思議に思うのですが、明太子ってどこでも売っていますが、何故か福岡からのものは格別の美味しさがあるように感じるのですが・・?中辛と大辛の2種類ありましたが、久しぶりに食べたせいか・・どちらも辛かったです。その辛さに・・・これまた・・・白ワインがピッタリなんです。有明海苔にくるんで食べると更に美味しさ倍増です。
簡単手抜き料理ばかりですが、お酒との相性はシンプル料理が一番のようです。
明日は三重県の鳥羽へ行きます。天然温泉に浸かり、アワビ・伊勢海老を食べつくしてきます。お天気は雨のようですが、春の伊勢志摩を楽しんできます。
2012年3月1日(木) 10:00 8階のホテルの部屋から見える風景です。この日も雨のお天気のようです。真下の家の昨日から干しっぱなしの洗濯物が気になりました。朝食を止め、たっぷり朝寝坊をしました。
10:30 海口海航酒店を出発です。海南島最後の日は、海口の観光をして上海に戻ります。海南省の省都・海口は、海南島最大のの都市で政治、経済、文化の中心地で海南島の北の玄関口となっています。海南島最大の川「南渡江」が海に流れる西側で、南渡江の河口ということで海口と名付けられました。市内面積は218㎢、海岸線は40、25km、人口は約160万人です.。海口市は熱帯季節風気候に恵まれ、1月の平均気温の約17℃から7月の28℃までの間で、一年を通して快適ということでしたが・・・日本の真冬のように寒かったです。海南島が歴史に登場するのは、紀元前110年の前漢時代に軍隊が設置されたのが始まりといわれています。やがて、広西チワン自治区からリー族がやってきて住みつくようになりました。元王朝後、独立した都となりましたが、明王朝時代には広東省の支配下となりました。16~17世紀頃には、広東からたくさんの漢民族が移住して来ました。そのためリー族は高原地域へと移り住むようになりました。18世紀になるとリー族は公民権剥奪に対して反乱を起こしました。そのとき政府は、広州省からミャオ族の兵士を呼び寄せ反乱を治めました。紛争後、たくさんのミャオ族は島に残り、今日まで西方の高原地帯に居住しています。1912年に独立をしますが、1921年には広東省の支配下に戻ってしまいます。1020年~30年代には、たくさんの共産主義者たちが島に避難しました。日中戦争中に日本軍が島を占領し、戦ったリー族の兵士が多数亡くなっています。ビルマのアウンサン将軍らの軍事訓練も行なったところです。1949年に中華人民共和国が成立した際、海南島はまだ中華民国の国民党支配下にありましが、1950年に中国人民解放軍の手によって中華人民共和国の支配下となりました。1988年に広東省から分離し、海南省となり、海口が省都となりました。同年、中国最大の経済特別区と指定され、急速な発展を遂げています。2010年には国際観光島に指定され、中国随一のリゾートアイランドを目指して観光政策やインフラ整備を行なっています。


10:55 海瑞墓(ハィレェム)に到着です。海瑞は明の時代の役人(1514~1587年)です。海南島で生まれた海瑞は、不当に没収された土地を農民に返すために、死を覚悟して君主に上申しました。棺桶を準備してまで民衆のために尽くしたことで高い評価を得ています。京劇や中国のテレビドラマの主人公にもなり、中国人なら誰でも知っている人物です。「海瑞」の名前は、「清廉潔白な政治家」の代名詞にもなっているようです。南京に赴任中に亡くなったといわれています。1589年2月にこの地に墓を造りました。その後1982年に作り直され、現在に至っています。 入口正面に書かれている書は400年以上の歴史を持つものです。
海瑞の歴史が描かれた回廊を歩き、書などが売られている建物を見ました。墓の周辺には石人、石獅子、石牛、石馬、石亀などが並び、厳かな雰囲気を漂わせています。入口左側には、海瑞資料館がありますが大したものは見当たりませんでした。
11:30 海瑞墓の入口は、賑やかな町の中にあります。何処かで見たようなキャラクターの遊具は、三亜などでも見かけました。お金を入れて乗るんでしょうね・・・。
12:10 昼食です。都会に来るほどお粗末なる食事のようです。やたら蝿の多いレストランで、食欲も無くなりました。も~~中華料理はいらない・・・。他に何が食べたいとは思いませんでしたが、油たっぷりの料理は見るだけで満腹になります。昼食後は徒歩の観光です。
13:10 中国様式と西洋様式が調和した街並みが続く騎楼老街の散策です。2010年に第1回「中国歴史文化名街」の一つに選定されました。
老街の奥にある市場へ向かいましたが、あまりの活気に危険を感じたガイドから戻るように言われました。丁度、陸揚げされた魚が市場に集まってくる時間帯のようでした。長靴を履いた女性が逞しく働いていました。日本でも見ることのできる魚がたくさんありました。
再び老街の散策です。現地ガイドが毛布を買いたいというので寝具屋に入りました。見ているだけでも恥かしげな寝具が並んでいます。新婚さん用なのでしょうが、それにしても超ドハデなセットに驚きました。おしゃれなインテリアショップや照明器具、家電などの店の中に太鼓屋がありました。
14:15 海口の名前の由来ともなった海南島最大の川「南渡江」を渡り、海南島最後の観光地・東寨港海上森林へ向かいます。
14:50 東寨港国家級紅樹林自然保護区とも呼ばれ、マングローブの茂る熱帯雨林をボートで見物する所です。ここの船着場のボートは小さいので、他の船着場に移動となりました。数箇所のボート乗り場があるようです。木の下ではカードゲームに夢中のようです。
15:00 バスで移動して、船着場に到着です。先ほどの船着場と何ら違いはない様に思うのですが・・・・。ボートが到着するまで、のんびり待ちます。何せ時間はいっぱいあるので余裕です。
15:20 熱帯の伊吹を感じさせる観光スポットで、マングローブ林がアマゾンのように広がる・・・・ということですが、かなりオーバーな表現のようです。アヒルの養殖所があったり、マングローブはまばらです。ボートはゆっくりと進み、船頭は時々居眠りをしていました。眠気覚ましに携帯を見たりしていました。スピードが遅いので眠たくなるようです。自然保護区の面積は約3337ha、海岸線は54kmに及びます。マングローブ林には12科・19種類の熱帯植物が育っています。「海岸の護衛」「緑の長城」などとも呼ばれています。マングローブ林の植物の葉や実の皮からは染料、殺虫剤、薬などが作られています。100種類以上の鳥が生息する鳥の楽園です。海老やカニ、魚などの種類も多く、恵み溢れたところです。
この川の下に「海底村庄」があります。明の時代の1605年7月13日に起こった大地震で、100㎢の土地が垂直に陥没しました。天候のいいときには、昔のままの石橋、石柱、舞台、井戸、石碑などを見ることができるようです。この日は水面が濁っていて何も見えませんでした。唐や宋の時代の陶磁器も多く発見され、考古学や地質学、地理学の宝庫といわれています。
海南島での全ての観光を終えて海口の町へ戻ります。劇場や政府の建物は立派です。「椰子の城」とも呼ばれる海口市の街路樹は椰子の木ばかりです。道路側で植物の手入れをする人たちものんびりと仕事をしていました(はっきり言えばサボリ気味)。
17:10 17:10 「麗華大酒店」で最後の夕食です。最初に予定していた20:10発のMU5338便は飛ばないということで、20:55発のFM9532便に変更となりました。食事をゆっくりと終え海口美蘭空港に向かいます。変更になったFM9532便も機材の到着見込みがたたないため乗れなくなりました。何やら不安な状態になってきました。最悪海口の空港で夜明かしか・・・・。21:35発のMU 2372便に変更となりました。上海への到着時間がどんどんと遅れていきます。空港で知り合った日本語の上手な上海人によると、天候悪化で上海浦東空港は利用できないということらしいです。浦東空港は海の側にあるので、冬期になると欠航便が多いといっていました。この日泊まるホテルは浦東にあります。もう一つの空港の虹橋はかなり離れています。
22:10 30分以上遅れて、海口美蘭空港を離陸です。
24:15 上海虹橋空港に到着です。
01:25 オリエンタルリバーサイド・ホテルにようやく到着です。
部屋に到着したのは、午前1時40分です。ホテル出発は6時20分ですから滞在時間僅か4時間半くらいです。私の旅のジンクスの一つにショボイホテルほど滞在時間が長く、立派なホテルは短い・・・というのがありますが、まさしくその通りです。清潔で広々とした部屋ですが僅かな時間しか過ごせません。目覚まし時計を4時にセットし、シャワーを使い、部屋の明かりを付けて仮眠です。
2012年3月2日 6:20 ホテルの外に出てみるとこの風景です。東方明珠電視島が間近に見ました。高さ467,9mで、東京のスカイツリーが完成するまではアジア第1位の高さでした。
海南島の旅・7日目最終日は日本への帰国です。
10:07 10:07 MU515便は上海浦東国際空港を30分遅れで離陸です。
12:50 関西空港に着陸です。
この日の関空はとても暖かく、1週間の気候の違いを感じました。
関空から難波、そして近鉄と乗り継いで家に帰ったのは19:00頃でした。
最初はのんびりしていた旅も最終日の忙しさで疲れました。帰国してから約4週間、顔の痣もどうにか消えてきました。
海南島についての資料やガイドブックは少なく、観光地も多くなく、食事紹介ばかりのブログになってしまいました。これから発展していく観光地といわれていますが、日本との直行便がないので遠い所です。海あり、温泉ありと変化に富んだ旅を楽しむことが出来ました。
2012年2月29日(水) 右眉の下から頬にかけて紫色に腫れ上がった顔は、四谷怪談のお岩さんのようです。入念なメイクとサングラスをかけて朝食を済ませてきました。8:15 部屋から外見ると七仙嶺がきれいに見えていました。絶好のビューポイントの部屋だったんですね・・・。最後に見ることができてよかったです。8:30 2泊した君潤熱帯雨林温泉酒店を出発です。
9:10 七仙嶺がきれいに見えるところで写真ストップです。海南島を象徴する山・五指山(1867m)に住む7人の天女が温泉に入りに来て、その楽しさに衣を捨てて住み着いたという伝説から七仙嶺といわれるようになったとガイドから説明されました。
10:50 三亜と海口を結ぶ新幹線の線路が見えてきました。約280kmくらいで、料金は普通車で80元だそうです。今後は西側にも新幹線が造られる予定のようです。新幹線の本数も少ないようで、車両は見ることができませんでした。のどかな風景を眺めながら、省都・海口への移動です。
11:20 興隆熱帯植物園に到着です。興隆(シンロン)は万寧(ウァンニィン)市に位置し、三亜市と海口市を結ぶ高速道路の中間にあります。温泉や熱帯植物が有名なトロピカル・リゾート地です。1952年頃に帰国した華僑が「興隆華僑農場」を造り、コーヒー栽培を始めました。40万㎢の広さで1200種の植物がある「興隆亜熱帯植物園」は、華僑農場の一角にあります。
広い園内にはカートもありましたが、園内ガイド付きで歩いて散策です。先ず最初に説明を受けたのは「ビンロウ」でした。ビンロウはヤシ科の植物で、縞模様になっているところが一年の成長です。海南島の人々は、このビンロウの種子を好むようです。磨り潰した種子を噛むと、軽い覚醒作用が起きるようです。真っ赤になった口の人や道に捨てられた赤いビンロウの種をあちらこちらで見ることがありました。

遊歩道に沿って歩き、主だった木があると説明を受けます。植物に詳しくないので名前を覚えるだけでも一苦労です。パンの木、レモン、バンヤン、茶色の実はカカオの木です。香草蘭、ヤシの実、オリンピックの聖火のように見えるところから名付けられた聖火の花、そしてコーヒーと白いコーヒーの花です。海南島の特産品のコショウの木もありました。小さな粒がいっぱい付いていました。


ジャック・フルーツと野生のパイナップルです。中国でも珍しいといわれる苦丁茶の木もありました。
化石の木、不老樹、卵の木など珍しい種類の木を見ることができました。園内にはお土産品コーナーがあり、コーヒーやコショウなどが売られています。
粒コショウと粉コショウを買いましたが、意外と高い値段でした。まだ使っていないので、香りや味はわかりません。特産のコーヒーは、値段が高く、味もわからないので買いませんでした。試飲コーナーくらいあってもいいのにと思いました。
ドライバーがビンロウを買うためにバスを止めました。このような屋台が至る所にあります。ビンに入っている緑色が ビンロウの種子です。イエメンのカートを同じように法的に許可されているんですね。
11:50 興隆銀湖酒店で昼食です。サンマとカマスを合わせたような魚が美味しかったです。山のようなご馳走もそろそろ負担になってきました。昼食後は海口を目指して、ひたすら高速道路を走ります。途中、東紅のパーキングエリアで休憩をしました。

15:20 海口のホテル・明光海航酒店に到着です。海口のお天気は雨です。道行く人は冬服です。真夏の三亜と比べると一気に冬です。一つの島でも南と北ではこんなにも気候が異なることに驚きです。5ツ星ホテルのロビーは広々としています。 


8階の部屋は広々として清潔です。三亜のホテルでも同じでしたが、バスタブの壁が無く落ち着かない感じです。北京オリンピック以降に建設されたホテルは、このようなスタイルが多いです。部屋は部屋、お風呂はお風呂・・・とはっきり分かれていた方が落ち着くんですが・・・・。1泊だけですから、 シャワールームで充分です。 夕食に出かけるまで時間があるので荷物の整理をしました。買ったものはグリーンオイルとコショウだけなのにトランクの空きが少ない・・・。段々荷物の整理が下手になってきたようです。上海は寒いので、日本から着てきたダウンのコートも出しました。
17:50 夕食のレストランへ出発です。この一際高いビルが明光海航酒店です。海口で一番の高層ホテルのようですが、何故か私の部屋は8階です。海口の町の中は、帰宅時間と重なったようで大渋滞です。高級車もたくさん走っていますが、バイクが多いです。それも2~3人乗りです。海鮮しゃぶしゃぶの名店「鼎鮮記」までは、雨の中を歩きました。


18:40 赤い鍋は辛口、白い鍋はノーマルです。カニ蒲鉾も海鮮??名店というほどの内容ではなく、お粗末な海鮮鍋でした。焼きそばのようなものが運ばれてきたので写真を写したら・・・他の部屋のものでした。シメは素麺のような乾麺を鍋に入れます。値段のこともあるので文句は言えませんが、具があまりにも少なすぎる貧乏鍋でした。
20:05 慌ただしい夕食を終え、バスで移動して野外音楽劇場に到着です。北京オリンピックの開会式での演出を手がけ、世界的に有名な映画監督チャン・イーモウがプロデュースする「印象・海南島」を観賞します。客席には屋根がありますが、舞台のすぐ先は海辺です。



20:30 パラソルの大移動で始まったショーは、総勢180人という出演者で、それなりに見応えのあるものでした。舞台と海を一体化した不思議なショーでした。海ではない舞台の水が段々増えてきて、すぐそばまで海が迫ってきたような感じになります。1時間きっちりのショーでしたが、吹きさらしの劇場は寒かったです。寒いといわれていたので、ダウンのコートを着ていきましたが凍えそうな寒さでした。暖かい海南島ですが、この季節の海口は真冬の寒さです。水着で演じている人たちも寒いのではないでしょうか・・・?若さと熱気で寒さを感じないのでしょうか・・?このショーは、暑い季節に見るのがベストなように思いました。
ホテルに戻ってきて、熱いお風呂に入りホッとしました。この日の海口はシトシト雨が降り、日本のこの時季と同じくらい寒かったです。
海南島最後の夜は、髪のブローを終え、荷物も整理し、残っている日本酒をチビチビ飲みながら更けていきました。
その中身は、手作りケーキとお豆腐?そして晩白柚漬け(ばんぺいゆ)でした。電話で聞いていたバンペイユがこのような字を書くとは・・・・。微かな記憶の中にあったのですが、この文字を見るのは初めてでした。晩は、晩生(成熟が遅い)、白は果肉が白っぽい、柚は中国語で丸い柑橘という意味のようです。その由来は、1920年に熊本出身の植物学者・島田弥市がベトナムの船上で食べ、あまりの美味しさにサイゴンの植物園から株を分けてもらったのが始まりのようです。当時は栽培法がわからなくて普及しなかったようです。その後1930年に台湾から鹿児島県果樹試験場に株が導入され、八代市で栽培されるようになりました。栽培が難しいので生産量も少なく、高価な果物のようです。大きなものになると直系25cmもあるようです。
果肉を食べて、残った皮の部分を3日3晩かけて作ったのがこの晩白柚漬けです。皮と同量のグラニュー糖で煮込んだということで、恐る恐る食べてみました。甘い・・少しほろ苦い・・・食べ終わった後はお口スッキリ!なんと美味なことでしょう・・・。手間隙かけて作った美味しさが口いっぱいに広がります。ザボン漬けの一種のようですが、殆んど果物を食べない私には新鮮な食感でした。
こちらは豆腐の塩麹漬けです。最近、塩麹に嵌まっているというW子さんの一押しです。“塩麹”で漬けたキュウリは見たことがありますが、豆腐は初めて目にしました。木綿豆腐一丁の水分を抜いて、塩麹で漬けると半分くらいの薄さになっていました。5mmくらいにスライスして、いざお口へ!チーズのような味だと聞いていましたが・・・豆腐でした!余分な水分が抜けて、豆腐本来の味だけが濃厚に残っています。白ワインにピッタリです。白い御飯よりもお酒に合う珍味です。麹漬けなので、日持ちがするようですからゆっくりと味わいたいです。
塩麹は、麹と塩と水を混ぜて醗酵・熟成させたもので、魔法の調味料といわれる日本の伝統的な調味料だったとは・・・・。テレビで紹介されてからブレイクしたようです。レシピ本もたくさん出ているんですね。古来、魚や野菜の保存に使われていたのが、今では肉や卵、豆腐など広く使われているようです。ゆで卵の塩麹漬けが美味しそうでした・・・
ということで、昨日は晩白柚漬けと豆腐の塩麹漬け・・・2つの生まれて初めての物を食べることができた記念すべき日でした。
2012年2月28日(火) 目覚めると外は雨です。雨が降ると朝食会場が変更になります。晴れていれば野外、雨なら室内のレストランです。温泉リゾートのホテルだけあって、豪華な朝食でした。この日は夕食までフリータイムです。山登りに出かける人もいましたが、私は町の散策に行くことにしました。現地ガイドとバスの送迎付きで400元です。5人で行くことになりましたから、一人80元と格安になりました。古くから温泉が有名な七仙嶺国家森林公園は、保亭県市街から約9kmの所にあります。七仙嶺は、切り立った山々の先端が7人の仙人のように見えることから名付けられました。90度の源泉から引かれている温泉やジャングルウオーキング、少数民族村訪問、季節によっては山菜取りやレイシ狩りなどが楽しめるところです。近年は5ツ星のデラックスホテルやゴルフ場が建設され、滞在型リゾートとして国内外から注目を集めています。海南島内では避暑地としても人気のあるところです。熱帯ジャングルの深い緑に包まれたこの地域は、リー族と苗族の自治県となっています。
9:30 君潤熱帯雨林温泉酒店を出発して、約30分で保亭市街に到着です。魚・肉・野菜・香辛料・豆類・乾物などの食料品が並ぶ市場を見学しました。三亜から約70km離れた山の中ですが豊富な魚が並んでいました。キュウリやナスなどの野菜も大きくて美味しそうでした。この卵は、鶏ではなくアヒルです。自然薯もありましたが、すりおろしてとろろ御飯・・・にはしないでしょうね。
ホテルの部屋のアメニティーグッズの中にこのグリーンオイルがありました。町の薬屋に売っているだろうと思って、一軒の薬屋に入るとありました。1つ1元で、20個入りを買ったらディスカウントで15元といわれました。急いでもう一箱買いました。隣に置いた爪楊枝は普通の大きさです。効能は清涼、止痛、止痒、虫蚊などと書かれています。ミントの香りが強烈ですが、虫刺されや肩こりなどに効きます。グリーオイルファンの友だちのお土産として大量に買いました。洒落たブティックで洋服を買ったり、食べ歩きなどを楽しみました。
昼食のために学校へ子どもを迎えに来る風景です。昼食は家で食べ、午後また学校に来ます。その都度親が迎えに来るようです。お昼前になると学校の前は大賑わいです。
君潤熱帯雨林温泉酒店のロビーです。ロビーの片隅で機織りの準備をしていました。ユネスコの無形文化財に指定されているリー綿は、中国で最も古い織物の一つで、元来は繊維から染色まですべて天然素材です。織物の他には、刺繍やろうけつ染めなども有名です。
各自自由昼食なので、かなりお粗末です。
ランチを終えて、宿泊棟の戻る頃には雨が上っていました。私の部屋は2階の奥から2番目です。部屋に戻って、夕食までのんびりタイムです。大きなバスタブにお湯を入れ、ゆったり温泉気分を味わいました。
お風呂の3方はこのような扉で覆われていますから、他から見える心配はありません。この扉を開ければ、熱帯雨林を見ながらの入浴となります。温泉のお湯でのシャンプーは心配でしたが、問題はありませんでした。ブローして、化粧をして、絵ハガキを書いたりして過ごしました。
6:00 ホテルのレストランで夕食です。前夜と同じ白ワインが、頼みもしないのに冷えていましたので飲むことにしました。郷土料理オンパレードですが、羊などの内臓物が多く、食べられるものは少なかったです。
この後部屋に戻り、ドアに顔をぶつけました。そのときは「痛い!」と思って鏡を見ましたが、別に何もなかったので眠りました。朝、目を覚ましたら・・・目が開かない!!右目が腫れ上がっていました。
2012年2月27日(月) 10:00 三亜のハワードジョンソンホテルを出発です。月曜日のせいか、朝食のレストランも空いていました。
10:45 鹿回頭公園に到着してカートで移動です。鹿回頭(ルーホゥィトゥ)とは、鹿が振り返るという意味です。この名前の由来となった伝説があります。昔々、リー族の若い猟師が弓を手にし、頭に赤い鉢巻きを巻き、有名な五指山から1頭の鹿を9日9晩かけて九十九の山を越え、三亜湾の南側のサンゴ崖まで追い詰めました。断崖絶壁、下は海で鹿は絶体絶命です。そのとき鹿がピカリと光を放って振り返り、美しいリー族の少女に変身しました。その後結婚した二人は、力を合わせ糸織りや漁業、椰子の林などを営み、それが段々発展していって今日のリー族の村が出来上がっていったといわれています。
285mの高台にある公園からは、三亜市街を一望することができます。ドバイを真似て建設中の海上都市やゴルフ場、プライベートビーチなどの風景を見ることができました。
カートを降りて公園内を歩きます。石に書かれた文字やリー族の石碑、神話の中の神様である月下老人の像など見ながら伝説をモチーフにした彫刻像「鹿回頭」まで来ました。1983年に中国の有名な彫刻家・林 豪氏の手によって制作されました。高さ15m、島内最大の花崗岩の彫刻で島のシンボルとなっています。この辺りからも市内が一望できます。夜景スポッととしても有名で、ここで愛を告白すると叶うという都市伝説もあるようです。
海南島・三亜に来て、この日で3日目です。海南島について少し書きたいと思います。中華人民共和国最南部の省・海南省は、海南島・西沙群島・中沙群島・そして南中国海に浮かぶ多数の岩礁から形成されています。北緯16~20度で、ハワイの緯度とほぼ同じです。 省都は海南島・海口です。海南島の面積は、約3万3千㎢で日本の九州と同じ大きさです。人口は約860万人で、民族構成は80%以上を占める漢族の他に、海南島の原住民のリー族(約130万人)、広西省辺りから渡来してきた苗(ミャオ)族(約8万人)、イスラム教徒の回(ホイ)族(約1万人)などをはじめ少数民族の数は37ともいわれています。少数民族は、お互いの伝統と生活と文化を尊重しあいながら生活しています。信仰も自由で、道教、仏教、イスラム教、キリスト教などです。共通語は北京語ですが、殆んどの人は海南語を使っています。少数民族特有の言語も使われています。通貨は人民元です。 1988年に省に昇格すると同時に、中国最大の経済特区に指定され、1999年には中国初の「生態島」(自然環境保護地域)の認定を受けました。2010年「国際観光島」としての新たなスタートを切り、中国随一のリゾート地として飛躍的な発展を遂げています。海南島南端に位置する三亜市は、南シナ海に面した島第2の都市で、熱帯の気候と美しいビーチを持つ一大観光地です。高級ホテルが建ち並ぶ亜龍湾ビーチ、賑やかな大東海ビーチ、空港に近くハワードジョンソンホテルの建つ三亜ビーチと代表的な3つのビーチがあります。整備されたゴルフ場も何ヶ所かありバカンス天国といわれています。1月の平均気温が21度と常春の地です。三亜の名称は、東西から流入する川が合流してY字となったことから三亜と命名されたようです。中国と東南アジアとの海路の中継地、軍事上の要地とされましたが、歴代王朝による政治犯などの流刑地としても使われた歴史も残されているところです。
12:00 新豪海鮮レストランで昼食です。ハイナンビールは、海南島の地ビールです。レストランによっても異なりますが、20~25元(約280~350円)くらいです。味はアッサリとしていて、日本の発泡酒に近いです。レストランでは、結婚式の披露宴が行なわれていて、美しい花嫁さんに会いました。
12:50 レストランを出発して、この日の宿泊地・七仙嶺国家森林公園にある「君潤熱帯雨林温泉酒店」を目指します。快適な高速道路を走ります。海南島の高速道路は全て無料だそうです。ガソリン代の中に高速料金が含まれていて、中国本土より約1円程度高くなっていると説明されました。ガソリンの値段は日本と同じくらいです。山道に入ると熱帯植物が多くなり、ジャングルらしい風景に変わってきて雨も降り始めました。
15:30 君潤熱帯雨林温泉酒店の部屋に到着です。三亜では真夏のビーチリゾートを楽しみ、約90分ほど走ればジャングル温泉とめまぐるしく変わる環境についていくのが大変です。
5ツ星のホテルの部屋は広々として、ベランダには露天風呂が付いています。90度の源泉から引かれた天然温泉で、体に良い鉱物成分がたっぷり含まれているようです。それにしても大きなお風呂です。2,3人で入っても大丈夫なくらい広いです。
ベランダからの眺めはジャングルです。バナナや椰子の木が生い茂っています。晴れていれば、遠くに七仙嶺の山並が見えるようです。温泉に入るほどの時間も無く、ジャングルウウォーキングをする天候でもないので、ぼんやりと小雨に煙る熱帯雨林を眺めていました。
18:30 ホテルのレストランで夕食です。海南島に来て初めてのワインです。中国・広州産の白ワインです。美味しかったですが、15%のサービス料込みで296元とは・・・高い!海南島4大名物の東山羊がありました。島の東部に位置する東山嶺で珍草の霊芝草を食べて育った羊で香りが良く、肉が柔らかくコラーゲンたっぷりが特徴のようです。山の中ということなのか、三亜に比べて味付けが濃く胃もたれする料理が多いです。海南4大名物のうち和楽の蟹と東山の羊の2つの名物を味わいました。
部屋に戻って、温泉のお湯を入れましたが、バスタブが大きいので中々いっぱいになりません。さすが温泉・・・ぬめぬめのお湯で、お肌がスベスベになりました。

2012年2月26日(日) 7:10 ハワードジョンソンホテル3階の部屋のベランダからの風景です。オーシャンビューということで、遠くに亜龍湾と西島が見えています。部屋の真下には温水プールがあります。西側の部屋だったので、日の出を見ることはできませんでした。
7:40 地下1階のレストランで朝食です。里芋や茹で落花生など珍しいものがありました。中国人パワーに押されながらもやっとの思いで手に入れた海南麺です。言葉が通じないので適当に指差しで作ってもらうと・・・・すばやく手が伸びてさらわれてしまいました。何度か格闘の末、手に入れたのがこれです。人を押し退ける、割り込む、取り散らかす、などマナーの悪さは相変わらずのようです。
数十種類の中から私が選んだ朝食は、海南麺とこれだけです。フルーツもたくさんありましたが、果物嫌いの私には無縁です。初日からわけの解らないものを食べて、体調を崩すのも困るので無難な朝食にしました。
9:00 ホテルを出発です。ホテルから約40kmのバス移動です。
9:40 海南島最初の観光である「大小洞天旅遊区」に到着です。崖州湾に位置し面積は22,5㎢。美しい海と大自然がつくりあげたダイナミックな怪石がたくさんあるところです。日本にも縁の深い鑑真漂着の地でもあります。
南国植物の生い茂る遊歩道を歩きます。赤い花は「カポック」で、至る所に咲いていました。このときの気温は28度くらで、陽差しが強く汗ばむ暑さでした。
老子像の前でポーズをとって記念撮影のようです。中国の人は、このような写真がお好きなようです。老子は古代中国の哲学者・思想家で道教創案の中心人物といわれています。「足ることを知る者は富めリ。強(つと)めて行なう者は志有り《自分が持っているだけのもので満足することを知るのが富んでいることであり、自分を励まして行動する者がその志す所を得るのである》」・・・・まさしく名言です。
10:10 鑑真漂着の地と鑑真像です。鑑真は唐の僧で日本律宗の開祖といわれています。揚州江陽県の生まれで、701年13歳のとき父に連れられて大雲寺を訪れた際深い感銘を受け、14歳で得度し、律宗や天台宗を学び、やがて大雲寺の住職となりました。そんなあるとき、鑑真の下へ2人の日本人僧侶(宋叡と普照)が訪れました。奈良時代初期の日本の仏教界には公式の戒律ができておらず、納税免除の僧になるものが増え、仏教界は乱れていました。仏教の先進国唐では、10人以上の僧の前で「授戒」を経たものだけが僧として認められました。この制度を導入しようとした朝廷は、宋叡と普照に遣唐使船で渡航して、受戒ができる高僧を連れてくるよう命じました。733年2人を乗せた第9次遣唐使船は無事に大陸に到着しました。当時の唐の国は、国民の出国を禁じていて密出国の最高刑は死罪でした。二人の日本の僧は9年の年月を経て鑑真にめぐり合います。極秘作戦で743年(鑑真55歳)に第1回目の出国をしますが、渡航を迷っていた弟子の密告で失敗します。このとき宋叡と普照は検挙され、4ヶ月を獄中で過ごしました。744年・2回目は暴雨風で遭難、3回目・4回目は密告により失敗となります。第5回目は748年(鑑真60歳)、宋叡と普照は揚州崇福寺に鑑真を訪れ、5度目の渡航を乞います。新河より出航しますが、東シナ海で暴雨風にあい半月間の漂流の末、海南島に漂着しました。そのときに漂着したのがこの場所です。鑑真一行が漂着後、濡れた経書を晒したと伝えられる所に、鑑真ら5人の像(高さ8,4m、宋叡・普照・鑑真・祥彦・思托)が南山を背にして、海に向かって立っています。海南島に漂着した鑑真一行は、地方豪族に支援され、寺の復興や律を講じながら揚州に戻りますが、過酷な旅と南方の酷暑で体力を消耗した栄叡と祥彦が亡くなってしまいます。そして鑑真自身もまた眼病で失明します。6回目753年、日本から20年ぶりに第10回遣唐使船がやってきました。11月16日に出航、苦難の末12月20日に鑑真と普照は薩摩の地に辿り着きました。翌754年(鑑真66歳)に平城京に到着し、上皇から僧尼440名に授戒を行ないました。759年(鑑真71歳)私寺となる唐招提寺を創建します。社会福祉施設・悲田院を設立し、貧民の救済に取り組みました。763年に76歳で唐招提寺で入寂しました。弟子の忍基が作った彫像は、日本最古の肖像彫刻とされ、現在まで唐招提寺に残されています。
鑑真に思いを馳せ、美しい海を見ていました。海南竜王別院では、多勢の中国人観光が押しかけていました。赤い飾りは、春節の名残のようです。1時間足らずの散策でしたが、帰りは15元払ってカートで移動しました。
11:18 天涯海角風景区の観光です。三亜を代表する観光地で、巨石が点在する浜の公園です。延々と連なる海岸線が見渡せ、陸地面積は10、4㎢、海域面積は6㎢です。天涯海角とは天と海の果ての意味で、辺鄙で遠い所を示す意としても用いられています。かつては政治犯を中国から追放するための島であった海南島・・・絶海の孤島で故郷を偲び、涙した流人の歴史が残る所でもあります。入口から海岸まではカートに乗り、後は海沿いの遊歩道を歩きます。
公園内には「天涯」「海角」「南天一柱」などの文字が刻まれた巨石が点在しています。自然がつくりあげたダイナミックな巨石に感嘆しました。中でも一番有名なのが、高さ7mの「南天一柱」とかかれた巨石で、中国の紙幣(1980年版の2元)の裏の中央に印刷されています。遠くには、2005年に完成した高さ108mの「南山海上観音聖像」が見えます。世界でも有数の高さの仏像として中国人観光客の人気を呼んでいる所です。1本の木から紅白の花が咲く、珍しいブーゲンビリアだと説明されましたが。。愛情広場と呼ばれる所は、恋人達のメッカのようです。美しい夕陽が見られるビーチは、デートコースとしても人気が高いようです。この時間の気温は30度を越えていました。
出口までの間は土産物屋が続いています。貝類のアクセサリーや南国らしい果物が売られていました。
13:10 レストラン珠江花園で昼食です。海南名物チキンライス(チキンスープで米を焚いたもの)が出たのですが、普通の御飯だと思って写しませんでした。この貝のスープはほら貝だそうです。ハマグリと同じ味でした。ほら貝ってあの山伏が吹く貝ですよね・・・・・なんか違うような??
お腹いっぱいになってホテルに戻って来ました。夕食まで自由時間です。
ホテル内の散策です。熱帯雨林の森林浴を楽しみ、地下トンネルを通って亜龍湾ビーチまで歩きました。中国とは思えない風景で、まさしく東洋のハワイです。日光浴をしている人はロシア人が多かったです。泳げない私は・・・海は見るだけです。ハワードジョンソンホテルは、この広大なグリーンベルトで東棟と西棟に分かれています。私の部屋は、向かって左側の西棟でした。5:30 夕食のレストラン「東郊椰林海鮮城」へ出発です。
海鮮城というだけあって、見事な海鮮料理でした。海南島4大名物の和楽蟹もありました。上海蟹に似ていますが、あまり食べる所がなかったです。海南島4大名物とは、「和楽蟹」、文昌地方にいる「文昌鶏」、ゼラチンがたっぷりの「東山羊」、蒸して食べると美味しい「加積鴨」です。「フカヒレ」「鮑魚(アワビまたはトコブシ)」「ナマコ」は三亜三珍といわれています。ホタテやアワビは、ニンニクが強すぎるし、ココナツ味の御飯も苦手でした。
ホテルに戻ってきて、ゆったりバスタイム。のんびり寛いでいると、またもや花火の音がしましたが、音だけで見ることはできませんでした。東棟のほうで上っているようです。
食べ物だけの紹介に終ってしまった一日のようでした。
昨日のこちらの気温は20度近くまで上がり、4月中頃の暖かさでした。このまま春に突入かと・・・いうこともなく、今日は陽射しも無く肌寒いです。避寒のために出かけた海南島でしたが、帰国した日の関空はコートが要らないほどの暖かさで驚きました。僅か1週間の違いで、すっかり春めいていました。今回の旅は、4日目に顔を怪我してお岩さん状態の帰国となりました。1週間ほど過ぎましたが、右目の周辺は紫色の痣が残りパンダのような顔をしています。厚塗りメイクとサングラスがないと外出できませんが、身体的には疲れも無く元気です。短い旅でしたが、のんびりと楽しむことが出来ました。今日から海南島を紹介していきます。
2012年2月24日(金) 25日の関空集合が7:40のため関空の日航ホテルに前泊です。
28日前の予約でシングル8550円でしたが、広々とした部屋でラッキー!!前泊は旅が1日増えたような気がして大好きです。海南島に一緒に行く大阪のT子さん(彼女はりんくうのワシントンホテルにお泊り)と空港ビルで夕食を食べました。
きれいなお湯でのんびりバスタイムです。以前、秘境の旅から帰ってきてこのホテルに泊まったとき、バスタブの水の青さに涙ぐむほど感動したことがありました。
目覚まし時計を5時にセットして眠りました。
2012年2月25日(土) 中国東方航空のカウンターでチェックインして、荷物は海南島・三亜までスルー、航空券は関空→上海と上海→三亜の2枚です。
9:43 MU730便は関西空港を離陸です。
10:58 上海浦東国際空港に着陸です。日本との時差は-1時間です。上海で福岡と成田から来る人と合流です。今回の旅は7人で、そのうち5人は旅友です。
15:44 MU2389便は上海浦東空港を離陸です。機内は殆んど中国人です。
18:35 海南島・三亜鳳凰空港に着陸です。日本から上海へ来るほうが近いです。
19:20 三亜を代表するビーチリゾート亜龍湾に面したハワードジョンソンホテルに到着です。今回海南島で宿泊するホテルは全て星5つとのことです。ロビーは南国らしく吹き抜けになっています。到着第一声・・・暑い・・・でした。この日の上海は雨が降っていて、もの凄く寒かったのです。
全室オーシャンビューとのことですが、暗くて海は見えませんでした。広々として清潔な部屋で一安心です。バスタブと部屋との間仕切りが薄いカーテンだけというのが、少々心配でした。荷物を解き、お風呂に入り、寛いでいると・・・10:30・・・突如爆竹?かと思ったら花火でした。ベランダから数発の花火が見えましたが、カメラに写すことができませんでした。
12時間以上かかってホテルに到着とは、近いようで遠い所ですね。直行便があればもっと楽に来れるのに・・・・などと思っているうちに眠ってしまいました。
関西空港→上海→海南島・三亜だけに終った一日目でした。
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